「少しお待ちください」と利用者を待たせる
親しみを込めて利用者を「○○ちゃん」と呼ぶ
このような場面を介護の現場で見たことはありませんか?何の問題もないように感じますが、実は不適切なケアにあたる場合があります。不適切なケアは虐待の前兆ともいわれ、エスカレートする前に早期発見し、速やかな対応が必要です。そこで今回は、不適切なケアの例、日頃のケアで気をつけること、不適切なケアの原因、防止策についてお伝えします。
不適切なケアの例
不適切なケアとは、虐待につながりかねない配慮にかけるケアのこと。不適切なケアは利用者に大きなストレスを与え、長期に及ぶと心身の健康を損なう可能性があります。
不適切なケアには以下のようなものがあります。
- 行動の制限
- 利用者がトイレに行きたいと訴えても「さっき行ったばかりだから後でね」と後回しにする
- 利用者に「少し待っていてください」とだけ伝え、何の説明もなく放置する
- 自力で立ち上がれないようなイスに座らせる
- ナースコールを押せない場所に置く
- 利用者を尊重しない言葉遣いや態度
- 「○○ちゃん」と呼んだり、こどもに接するように声を掛けたりする
- 威圧的な口調や命令口調で接したり、叱ったりする
- 聞こえないふりをして、利用者の話を無視する
- 暴力的、配慮に欠けるケア
- 乱暴にケアをする
- 介助を拒否する利用者に対し、力で押さえつける
- 介護職員が仕事に追われ、一方的にケアする
- プライバシーに配慮せずにトイレ介助や入浴介助をおこなう
上記に挙げた例は不適切なケアとわかりやすいものがほとんどですが、「少し待っていてください」と利用者を待たせることは、一見すると不適切なケアにはあたらないように思えます。しかし、何の説明もなく利用者をその場に留め、行動を制限する行為は適切とはいえません。「待っていてください」という言葉も、利用者に対する介護職員の一方的な指示といえます。「いま○○をしているので、〇分待ってもらえますか」と具体的に話し、利用者の了承を得るようにしましょう。
また、親しみを込めて利用者を「○○ちゃん」と呼ぶことは、職員の独断である場合は不適切なケアにあたりますが、利用者本人がそれを希望しており、面談を通して家族に了承を得ている場合は問題ありません。
日頃のケアで気をつけること
上記の例を踏まえて、日頃のケアで気をつけるべきポイントをチェックしておきましょう。
- 言葉で利用者の行動を制限しない
- 利用者に対して職員が一方的に指示を出さない
- ケアや待機の理由を具体的に説明して利用者の了承を得る
- 利用者のプライバシーや意見、決定を尊重する
このように「相手を尊重すること」ができていれば、それが日頃のケアに表れ、不適切なケアにつながりにくくなります。さらに、利用者との信頼関係も築きやすくなるため、利用者が要望を伝えやすくなり、介護職員も適切なケアを提供しやすくなるという好循環が生まれます。
不適切なケアにあたるか判断に迷ったときはそのままにせず、自分のケアや考え方を客観的に振り返り、利用者を尊重できているのか確認することが大切です。また、上司や同僚に相談したり研修に参加したりするなどして知識の向上を図るとともに、利用者やその家族と積極的にコミュニケーションをとりニーズの把握に努めましょう。
不適切なケアの原因
では、なぜこのような不適切なケアがおこなわれてしまうのでしょうか。その原因は主に3つあります。
過重労働とストレス
介護職員は夜勤や早朝勤務のように不規則なシフトで勤務しており、シフトによっては勤務時間が長時間に及びます。とくに職場が人手不足の場合、十分に休日を取得できないほか、介護職員1人が担当する利用者数が増え、心身ともに疲労が蓄積しやすい労働環境ができています。また、利用者の生活に寄り添う仕事であるため高い責任感が求められ、加えて利用者本人やその家族と細やかなコミュニケーションをとりながら丁寧に対応しなければならず、精神的な負担も大きくなりがちです。心身の疲労やストレスは集中力や感情をコントロールする力の低下を招き、乱雑なケアやミスにつながってしまいます。
研修や教育の不足
介護職員の知識や技術が不足していると、適切なケアの提供が困難になります。例えば、認知症に対する理解が乏しいと適切なコミュニケーションや行動管理がおこなえず利用者が混乱してしまいますし、正しい移乗方法を習得できていないと互いにケガをしてしまう恐れも。また、無意識のうちに差別的な対応をしたりプライバシーを侵害したりする可能性が高まります。
コミュニケーションの不足
介護においてコミュニケーションは欠かせない重要なものです。介護に関わる職員間のコミュニケーションが不足すると、利用者の状態やニーズが職員間で十分に共有されず一貫性のないケアにつながるうえに、チームワークも低下します。とくに緊急時は、正しい情報共有がなされないことで利用者を危険にさらす恐れがあります。また、利用者やその家族とのコミュニケーションが不足すると、利用者の状態やニーズをくみ取ることができず、適切なケアを提供できません。
不適切なケアの防止策
前述の通り、不適切なケアの原因は介護職員個人というよりも職場環境の問題が大きいことがわかります。では、不適切なケアを防止するためにできることは何でしょうか。
労働環境の改善
労働環境の改善により介護職員の心身の健康を守ることは、業務への集中力を保ち、ケアの質の向上につながります。具体的には、休憩時間をきちんと確保したりバランスの取れたシフトを作成したりすることで過労を予防できます。また、職員が不安や悩みを抱えた際に気軽に相談できるよう、サポート体制が充実していることも大切です。業務負担を軽減し効率化を高めるために、デジタルツールや新しいシステムの導入や業務の見直しをおこなうことも有効でしょう。
研修や教育の充実
研修や教育の充実により介護職員の知識と技術が高まれば、最適なケアの提供が可能になるとともに、不適切ケアなどの問題を早期に発見して迅速に対処できます。また、継続的に学べる環境があることで知識と技術の定期的なアップデートが可能に。専門的なスキルアップは職員の自信になり仕事のモチベーション維持にもつながるため、離職率の低下も期待できます。
コミュニケーション機会の確保
利用者の状態やニーズの正確な把握、不適切ケアなどの問題の早期発見、利用者との信頼関係の構築にコミュニケーションは必要不可欠であるため、コミュニケーション機会が十分に確保されていることが重要です。利用者とのコミュニケーション機会を増やすには、定期的な個別面談や利用者の興味関心をチェックして日常会話を増やすことに加え、習慣的に職員参加型のレクリエーションを実施することが有効です。
また、ミーティング以外の職員間のコミュニケーション機会を増やす方法としては、イベントやワークショップ実施の検討を。実施の目的を明確にし、それに合わせたプログラムを組みましょう。また、ローテーション制で業務をおこなうことで、職員間のコミュニケーションが促進されるとともに、互いの業務や立場に対する理解が深まります。
第三者によるチェック
外部の第三者によるチェックは不適切ケアの防止に有効です。介護や医療を専門とするコンサルタントや介護サービス認証評価機関など、客観的に施設を評価する仕組みを導入すると改善点を認識しやすくなります。提供されたフィードバックをもとに研修や教育をおこなうことで、介護職員のスキルが向上し、質の高いケアを利用者に提供できます。
相手の立場にたったケアを心がけよう
介護の現場では、不適切なケアかどうかの判断が難しい場合もあります。「これくらい問題はないだろう」と軽視していると、そのケアの方法が常態化し、次第に不適切な度合いがエスカレートしてしまいます。「もし自分がこのケアを受けたら、嬉しいだろうか」と相手の立場にたつという基本的な姿勢を大切にしましょう。 そして、不適切なケアをいち早く察知できるよう、介護職員の知識と技術を最新のものにアップデートするための研修と教育、職員が健全に働ける環境などを整備することが重要です。