「ごふじょう(ご不浄)に行きたい」「えぇ?どこのことですか?」
若い世代ではまったく聞いたことがない言葉でも、高齢者にとっては当たり前、という言葉が結構あるものです。
知っているだけで、利用者さんとのコミュニケーションがスムーズになる「老人語」。勉強しておいて、損はないですね。
日用品の、老人語
「そこの衣文掛けにかかってるオーバーを取ってくれるかな?内隠しに時計が入ってるから」
衣文掛け(えもんかけ):ハンガー
オーバー:コート。外套(がいとう)とも
内隠し(うちかくし):内ポケット
「わしの猿股とズボン下はどこかな?トックリセーターもお願い」
猿股(さるまた):ブリーフ(男性用下着)
ズボン下(ズボンした):ステテコ
トックリセーター:タートルネックセーター
「指を擦りむいた。赤チンかヨーチン持ってきてくれるかな。クレゾールでもいいわ」
赤チン:家庭用消毒薬、代名詞的に使われていた
ヨーチン:ヨードチンキの略、家庭用消毒薬
クレゾール:家庭用消毒薬
思い出話によく出てくる、老人語
「行きしなの汽車の中で、ご不浄に行きたくなってね。あの時は往生したわ」
行きしな(いきしな):目的地へ向かっている途中。対義語は帰りしな(かえりしな)
汽車:電車、気動車、JRの通称の意味もある。JRは国鉄とも呼ばれていた(前身名である日本国有鉄道から)
ご不浄(ごふじょう):トイレ。厠(かわや)、雪隠(せっちん)とも
往生する(おうじょうする):困りはてる
「いつも及第点ぎりぎりだったから。半ドンの日でも、帰ってから帳面を広げたりしてたね」
及第点(きゅうだいてん):試験や検査に合格するための点数。対義語は落第点(らくだいてん)
半ドン:午後が休みになる日。土曜日の意味
帳面(ちょうめん):ノート
「若いころは遮二無二働いたもんだよ。ときにはチョンボもしたけどいい思い出だね」
遮二無二(しゃにむに):一つのことをがむしゃらに取り組む様子
チョンボ:失敗
男性がよく使う、老人語
「うちの細君はなかなかの器量よしでね、着るものもハイカラでした。一緒に物見遊山にでかけても『洋行帰りですか?』なんて聞かれたり(笑)」
細君(さいくん):妻。他人に対して自分の妻を謙遜していうときに使う
器量よし:顔だちが美しいこと。美人
ハイカラ:おしゃれ
物見遊山(ものみゆさん):見物したり遊びに出かけたりすること
洋行(ようこう):欧米へ旅行や留学すること
「奴さん、了見の狭いやつだったね。それに比べると、うちの会社の御大は男が惚れる男だったね」
奴(やっこ)さん:あいつ。三人称の男性に使う。少し見下したり、親しみをこめて呼ぶときに使う
了見(りょうけん)の狭い:人間の器が小さい、心がせまい
御大(おんたい):トップの人。団体や仲間のなかで中心的な立場の人を、親しみをこめて呼ぶときに使う
「うちの大蔵省は、料理が得意な人でね。メリケン粉とバターなんかを混ぜて、天火で焼いたお菓子は美味しかったなぁ」
大蔵省(おおくらしょう):家計の管理担当者。奥さんのことを指して言う場合も
メリケン粉:小麦粉
天火(てんぴ):オーブン
女性がよく使う、老人語
「私らが女学生のころはね、よそ行きのワンピースって言ったら別珍が流行ってたの。それに比べたら、メリヤスは普段着って感じだわね」
女学生(じょがくせい):女子学生
よそ行き(よそいき):おしゃれをして出かけるときに着る服。高級服
別珍(べっちん):綿の横ビロード織り
メリヤス:ニット製品
「すてきなお召し物ね。べっぴんさんは何を着ても似合うわね」
お召し物(おめしもの):衣類。相手が身に付けている服装への尊称
べっぴん:容姿がうつくしい女性
「うちの主人は、誂物とか舶来物が好きだったのよ。黒眼鏡をかけて颯爽と歩いてましたね」
誂物(あつらえもの):頼んでおいたものや、注文して作らせたもの
舶来物(はくらいもの):輸入品、海外で購入したもの
黒眼鏡(くろめがね):サングラス
老人語とは?介護で役立つ理由とは
老人語とは?
若い世代には使われないけれど、中高年世代が日常的に使ったり理解できる言葉を「老人語」といいます。「女ことば」や「関西弁」などと同様に、日本語の役割語※の一つとして、国語辞典でも紹介されています。
ただ、老人語にも世代の幅があり、たとえば、現在使われる「コート」も、今のシニア世代は「オーバー」、もう一世代上になると「外套(がいとう)」というように、その方の生きてきた時代とともに呼び方も異なります。また、生まれ育った地域(方言)や家庭環境(祖父母と一緒に住んでいたかどうか)などによっても、使う言葉は異なるもの。そのため、無理やりこちらから発した老人語は、目の前の利用者さんに理解してもらえるかどうかわからない…ということを頭に入れておきましょう。
老人語が介護で役立つ理由とは
老人語をこちらから積極的に使わなくても、利用者さんがそんな言葉を口にしたとき、それをすぐに理解することができるかどうか。そこには大きな違いがあります。
そのメリットとは…
- 聞き返すことなく、意味をくみ取ることができる。
- さり気なく同じ言葉を使うことで、同じ景色を心に浮かべて会話ができる。
- 利用者さんにとって、自分は受け止められているという安心感につながる。
言葉一つで気分が変わってしまうことは、世代に関係なくよくあることです。どんなときでも言葉を大切にしていきたいですね。
老人語は、高齢者が一番輝いていたと感じている時代の言葉
老人語を知るときに、言葉の由来なども考えてみると、当時の時代背景や空気感をあじわえてなかなか興味深いものです。
たとえば、舶来物、洋行、メリケン粉といった言葉は、当時の欧米諸国に対する強いあこがれを感じさせます。日本の高度成長期をささえてきた当時のサラリーマンにとっては、残業なんて当たり前でスーツは普段着。内隠しやズボン下という言葉も、今よりももっと身近な言葉だったのかもしれません。
そう考えると、高齢者の方々が口にする私たちの聞きなれない言葉も、当時の様子を伝えてくれる表現方法といえます。そして何より大切なのは、老人語は高齢者の方々が一番輝いていたと感じている時代の言葉であるということ。そんな話をするときのお顔はきっとイキイキと輝いているはず。一緒に同じ言葉を使って、思い出話の花をうんと咲かせてみませんか。
※役割語とは
ある特定の言葉づかい(語彙・語法・言い回し・イントネーション等)を聞くと、特定の人物像(年齢・性別・職業・階層・時代・容姿・風貌・性格など)を思い浮かべることができるとき。あるいは、ある特定の人物像を提示されるとき、その人物がいかにも使用しそうな言葉づかいを思い浮かべることができるとき。その言葉づかいを「役割語」と呼ぶ。
役割語についての単行本「金水二〇〇三」より抜粋